【宿泊業の経営改善シリーズ 第2回】満室なのに、なぜ利益が残らないのか? 稼働率だけを追わない宿経営

週末はほぼ満室。連休になれば早い段階から予約が入り、繁忙期には予約をお断りすることもある。
それなのに決算を見ると、「これだけ忙しかった割には、思ったほど利益が残っていない」と感じる。
旅館や小規模ホテルを経営していると、こうしたことは決して珍しくありません。
料理にも手をかけている。
温泉や客室にも自信がある。
スタッフも一生懸命接客している。
お客様からの評判も悪くない。
それでも経営が思ったほど楽にならないとすれば、一度考えてみたいのが、「客室を埋めること」が経営の目的になっていないかということです。
宿泊施設にとって空室は、その日に売れなければ翌日に持ち越せません。
そのため「できるだけ満室にしたい」と考えるのは自然です。
ただ、経営という視点では、稼働率が高いことと、利益が残ることは同じではありません。
稼働率80%と70%。本当に80%の方が良いのか

例えば、月間の販売可能客室数が600室ある旅館を考えてみます。
Aの月は、稼働率80%、ADR(平均客室単価)40,000円だったとします。
販売室数は480室なので、宿泊売上は1,920万円です。
一方、Bの月は、稼働率70%、ADR50,000円。販売室数は420室ですが、宿泊売上は2,100万円になります。
稼働率だけを見ると、Aの方が10ポイントも高く、「よく売れた月」に見えます。
しかし実際の売上はBの方が180万円多くなっています。
RevPARで比較しても、
Aは32,000円、Bは35,000円です。
つまり、客室をより多く埋めたAよりも、適正な価格で販売したBの方が、販売可能客室1室当たりの売上は高くなっています。
ここから分かるのは、「たくさん売れた」という事実だけでは、その月の経営が良かったかどうかは判断できないということです。
「どうせ空いているから安く売る」は本当に得なのか
宿泊業では、「どうせ今日は空いているのだから、安くても売った方がいい」という考え方があります。
もちろん、これは必ずしも間違いではありません。客室は今日売れなければ売上ゼロですから、直前の予約状況を見ながら価格を調整すること自体は合理的です。
ただし、価格を下げて1室販売しても、その売上がそのまま利益になるわけではありません。
料理を提供すれば食材費がかかります。リネンやアメニティも必要です。
OTAから予約が入れば手数料も発生します。清掃、配膳、フロントなど、スタッフの仕事も増えます。
特に、料理や接客に力を入れている旅館ほど、1室増えたときの現場負担は小さくありません。
本来50,000円で販売したい客室を30,000円まで下げて客室を埋めた結果、売上は増えたものの、現場だけが忙しくなり、利益はほとんど残らなかった。
そんなことも起こり得ます。
ですから、考えるべきなのは、
「空室をどう埋めるか」ではなく、「どの価格なら、この1室を販売する意味があるのか」
ということだと思います。
良い宿ほど、満室にすることで「良さ」を失うことがある
もう一つ見落としやすいのが、現場への影響です。
例えば20室の旅館で、15室程度であれば料理も接客も余裕を持って対応できる。
しかし18室を超えると厨房や配膳が忙しくなり、20室満室の日にはチェックインや食事時間が重なってしまう。
そうなると、料理提供が遅れたり、清掃に十分な時間をかけられなくなったり、スタッフの残業が増えたりします。
一日だけであれば乗り切れるかもしれません。
しかし、それが繁忙期に連日続けば、スタッフの疲労も大きくなります。
そして最も避けたいのは、稼働率を上げた結果、その宿がこれまで大切にしてきた料理や接客の質が落ちることです。
せっかく「料理が良い」「接客が丁寧」と評価されていた宿が、客室を埋めることを優先したことで、その良さを失ってしまっては本末転倒です。
だから私は、「何室持っているか」だけではなく、
「今のスタッフ体制で、良いサービスを保ちながら何室販売できるのか」
も経営上の大切な数字だと考えています。
稼働率には、一律の正解はない
「旅館の稼働率は何%くらいあれば良いですか」と聞かれることがあります。
しかし、これには一律の正解はありません。
1泊2食で料理に力を入れている旅館と、素泊まり中心のホテルでは、1室販売したときの原価も人手も違います。
高単価で少ない客室を販売する宿もあれば、比較的低単価で高稼働を目指す施設もあります。
立地によっても違います。
平日のビジネス需要がある地域と、土日中心の温泉地では、同じ稼働率でも意味が変わります。
ですから、他施設の稼働率を参考にすることはあっても、
「あの宿が80%だから、うちも80%を目指そう」
と単純に考える必要はありません。
見るべきなのは、自施設の前年、自施設の価格、自施設の原価、そして自施設が守りたいサービス水準です。
月平均ではなく、曜日別に見ると課題が見えてくる

稼働率を経営に生かすためには、月平均だけでなく曜日別に見ることも重要です。
例えば、ある旅館が、
月曜から木曜は45%、金曜日75%、土曜日95%、日曜日60%だったとします。
月全体だけを見ると、「もっと稼働率を上げたい」という話になるかもしれません。
しかし、土曜日はすでに95%です。
この土曜日に必要なのは、さらに広告を出して予約を増やすことではなく、むしろ価格を見直すことかもしれません。
一方、平日は45%です。
こちらは、単純な値下げではなく、誰に泊まってほしいのか、どのような商品なら選ばれるのかを考える必要があります。
例えば、
夫婦向けの滞在商品なのか。
シニア層なのか。
ワーケーションなのか。
平日に動ける特定の顧客層なのか。
同じ「稼働率を上げる」というテーマでも、曜日によって打ち手は変わります。
だからこそ、
稼働率は「高いか低いか」ではなく、「どこが高く、どこが低いのか」を見る
ことが大切です。
早く満室になることも、必ずしも良いとは限らない
特に注意したいのが、繁忙日の予約です。
ゴールデンウィーク、お盆、年末年始、連休、地域の大きなイベント開催日など、需要が明らかに高い日があります。
そうした日が3か月前、場合によっては半年前から満室になると、「今年も予約は順調だ」と安心するかもしれません。
しかし経営という視点では、もう一つ考える必要があります。
「その価格で、そんなに早く売り切る必要があったのか」
ということです。
需要が強いにもかかわらず、通常の週末とほとんど同じ価格で販売し、早い段階ですべての客室が埋まっているのであれば、価格が低すぎた可能性があります。
満室になったこと自体は悪くありません。
ただ、20室を40,000円で販売して満室になるのと、20室を50,000円で販売して満室になるのとでは、同じ「満室」でも経営成果は大きく違います。
宿泊業では、売れたかどうかだけでなく、いくらで売れたかまで確認する必要があります。
「満室」を目標にしない

宿泊施設では「満室」という言葉には分かりやすい達成感があります。
経営者にとってもスタッフにとっても、「今日は満室です」というのは嬉しいものです。
ただ、本当に目指したいのは、満室そのものではないと思います。
自分たちの宿が大切にしてきた料理や温泉、接客の価値を、お客様にきちんと伝える。
その価値に見合った価格で販売する。
必要な利益を残す。
スタッフが無理なく働ける状態をつくる。
そして、お客様にも「また来たい」と思っていただく。
その結果として稼働率が上がる。
この順番が大切です。
良い宿だからこそ、安売りをしてまで満室を目指さない。
それも一つの経営判断だと思います。
自分たちの宿では、どこを見ればよいのか
前回紹介した経営分析シートでも、稼働率だけではなくADRとRevPARを同時に確認できるようにしています。
例えば、
「前年より稼働率は上がったが、ADRとRevPARは下がっている」
のであれば、価格を下げて販売室数を増やしている可能性があります。
逆に、
「稼働率は少し下がったが、ADRとRevPARは上がっている」
のであれば、単価アップがうまくいっている可能性があります。
さらに、そこへ人件費や料理原価、現場の負担を重ねて見ることで、
今の売り方が本当に自分たちの宿に合っているのか
が少しずつ見えてきます。
数字を見る目的は、稼働率を上げることではありません。
宿の良さを守りながら、きちんと利益につなげるために数字を見る。
そのための指標だと考えています。
次回は「宿の価値をいくらで売るか」を考えます
では、自分たちの宿にとって適正な料金はいくらなのでしょうか。
競合施設の価格に合わせるべきなのか。去年の料金を基準にするのか。原価から計算するのか。予約が少なければ値下げするのか。
価格設定は、宿泊施設の利益を大きく左右します。
同時に、料理、温泉、客室、接客といった自分たちが大切にしてきた宿の価値を、経営成果へ変えるための重要な部分でもあります。
次回は、
「その宿泊料金、本当に安すぎませんか? 『なんとなく価格設定』から抜け出す方法」
として、宿の価値を価格にどう反映するかを考えていきます。
宿の良さはある。でも利益につながっていないと感じたら
お客様からの評判は悪くない。
週末もある程度予約が入る。
それでも、「これだけ頑張っている割には経営が楽にならない」と感じるのであれば、集客だけが課題とは限りません。
宿の魅力、価格、稼働率、原価、現場負荷をつなげて見ることで、改善すべきところが見えてくることがあります。
自施設の数字を整理しながら、宿の良さをどう経営成果につなげていくか、一緒に考えることも可能です。

